Vol.32 どっちが変なの?(乗り物に乗れない問題)|泉州統合クリニック|高石市 漢方内科・婦人科・心療内科・精神科・内科・専門外来(ヨガ・食養生・鍼灸・アーユルヴェーダ)

院長ブログ

Vol.32 どっちが変なの?(乗り物に乗れない問題)

2022年10月11日

乗り物に乗れない方が本来の普通?

「電車に乗るのが緊張して怖い。エレベーターに乗れない。」これをパニック障害、閉所恐怖症として「病気」扱いしているのは現代社会。もし、200年前の江戸時代だったらどうだろうとふと考えてみたらどうでしょうか。200年前の人ならば、扉が閉まると脱出不能な高速移動する鉄の塊に乗れ無い人の方が多いはずです。ましてや、閉まるとどこに連れて行かれるのか分からない鉄のカゴに平気で入れる人は、、いないでしょうね。平気でエレベーターに乗れる人の方が変ってなるはずです。この現代社会の乗り物に乗るためには、「鈍感」であることが必要なのですね。つまり五感の感度を落として身体から意識を遠ざけることを現代都市生活は私達に要求しているわけです。その代償として私達は自分の体調不良を関知しにくくなっています。地球上に住むあらゆる動物は、それぞれが生活していくのに必要最低限の縄張り空間を必要とします。縄張りに部外者が入ってくると、それを排除します。しかし、人口が密集した都市部において時間的空間的縄張りを保持することはほぼ不可能で、お互いの縄張りが衝突することを避ける為に、縄張りを仮想空間に移して生活することを余儀なくされています。仮想空間に引っ越しをするためには、意識を体から剥がすことが必要で、その為には身体からの情報を一定レベル遮断する必要があります。人口密度が高い都市に住む人は無意識にその作業をしており、その分だけ余分に気力体力を常に奪われていることになります。

都市生活がもたらすねじれ

さて、このように考えると、動物の一員としての人間本来の感覚、感性に近い人ほど、都市生活が難しくなるのは当然しごくと言えそうです。とはいえ、都市部に住んでいて、その環境に違和感を抱いていたとしても、そこに留まり続けなければならない人が殆どでしょう。ここに問題の本質があります。電車に乗るのが怖いと言う感覚は、自分自身の体からの警戒情報なわけです。それは身の危険に直結する不安感と言えます。野生動物ならば、速やかにその場から逃げているはずなのです。その体が発している警戒状態を解除するには安心安全状態を頭ではなく、体感出来なければなりません。

不安スイッチの解除

闘ったら負けそうな人と向き合うと圧力を感じますよね。その圧力に対抗するだけの気力体力が自分にあれば、圧力は相殺されて感じなくなります。これは向き合う相手が人であっても、環境であっても同じです。人の視線が怖いという感覚も、周りのエネルギーより自分のエネルギーが大幅に負け越している時に生じる感覚ですから、自分自身の体調不安(意識的、無意識的)が無くなれば、この不安感は薄らぎます。この不安が薄らいだ感覚が、体が発する警戒状態解除の第一歩になります。それゆえ、ここでも「養生」が大事、と言う事になるのですが、警戒を解除して野性的直感スイッチをオフにすることが、本人にとって良いことなのか、悪い事なのかは分かりません。エレベーターに乗れない代わりに、世の中の違和感、変調を早期に察知して変化することができる可能性もあるわけで、皆と同じように街で楽しく暮らせることが本人にとって最終的に良いか悪いかは、、、人生が終わるときに判明することでしょう。

 

 

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